秘教・カヤカベ教とは何か

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ほとんど知られる事の無い宗教でありながらも一部の地域に深く根付いているものは以前は各地に存在していたものでした。そんなもののなかの一つがカヤカベ教です。この宗教はもともとはかつての薩摩藩内で受け継がれてきた隠れ念仏信仰の流れを引き継いだ宗教です。現在でいえば鹿児島県の霧島市にその信仰者が多かったと言われています。
極秘裏に引き継がれてきたこの宗教が世間一般的に知られるようになったのはあるきっかけがありました。丁度、第二次世界大戦が終結し学童の教育や健全な発達を目指して食を含む総合的な教育が始まった時にそれが発覚したのです。この時代になって初めて牛乳を飲まない小学生がいる事が話題になりました。

食物のタブー

日本においては特に大きな理由の無い限り、食物のタブーはなかったのですがこの小学生は家庭の宗教教育から牛乳を飲む事を拒否したのです。学校の担任を含む教師たちが家庭訪問を行い、カヤカベ教の教えが初めて知られるようになったのです。しかしこれは一切牛乳を飲まないと言う事ではなく、日によって飲まない時があるという内容だった事も後の調査で判明しました。カヤカベ教では日常的に肉類に摂取をしない風習があったのです。更に、精進日と呼ばれる日がありこの日は更に厳しさが増して肉類は勿論、魚介類や卵そして牛乳を禁じているのです。さらにこれらの物をつかった加工品までをも禁じているのです。

変わった言葉を使っている語源

カヤカベという変わった言葉を使っている語源としては、本尊としてあがめた阿弥陀如来像をカヤブキの壁に隠していたと言われていたり、まったく何もないカヤの壁に対坐して拝むからだという伝承もあります。又、秘密性を高めるために密かに山奥で行事を行っていてその際にカヤで壁を作っていたからだ等の諸説がありますが実際のものがはたしてどれなのかは解明されていません。多くの宗教においては教えを伝える為の文書や碑が残されている場合がその大半ですがカヤカベ教ではそういったものは一切のこされていないのです。親から子へそして、子から孫へと口伝によってのみ伝えられてきたのです。
こうして伝えられてきた中でも高齢化によりその伝承を伝える人が少なくなってきています。

九州南部という諸界から離れた地に根付いてきたカヤカベ教はその独特の教えと戒律の中で受け継がれてきたのです。こうして人知れず伝えられてきた宗教の文化を後世に伝えていく事もとても大切な事です。多くの研究者による調査・解明がいずれきっとなされていく事でしょう。

夕日と仏像の影

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